第二回:出羽鮎川あたり(後編)

出羽鮎川を出た列車は、2分程で分岐駅である鶴木に到着する。鶴木には車庫があり、本社もここに所在しているため電鉄中心の駅である。ここから、一路山に向かってなだらかな勾配を登って、学校前・田中・有明・牧・草深・八幡前・湯ノ山温泉と停まっていく。湯ノ山温泉からは出羽バスが連絡しており、八幡平中腹の大蔵温泉まで行けるようになった。
 一方、鶴木で分岐した海線は、新田・上原・柏原・十里塚そして男鹿湊に停まる。男鹿湊は秋田県でも有数の漁港で、古い文献には北前船の寄港地として記されている。近海ものの鯖を始めとして、遠海ものでは遥かカムチャツカ方面にまで漁に出掛ける船も多い。


列車は鶴木に着いたようだ。鶴木は古い宿場町。奥羽本線敷設にあたって町の宿屋や飛脚連が鉄道敷設反対をしたために、路線は町はずれの鮎川部落を通過することになった。次第に町は寂れ、結局自前で鉄道を敷設することとなったのだから、皮肉なものである。唯一活気らしいものといえば、電鉄の車庫を中心とした作業場の音くらいなものだが、それとて昼さがりの構内はひっそりとしており、留置線に点在する電車や庫の脇に停められた除雪機関車も息をひそめているかのようだ。


ホームのベンチで待つこと30分あまり。踏切の警告音が鳴り出し、男鹿湊からの列車が到着したようだ。この列車は鶴木で折り返し、また男鹿湊へと向かう。
 出発までまだ20分程あるが、車上の人となろうか。ニスの塗られた車内。機械油で黒光りしている木の床。緑色のモケットシート。プラスチックを使っていないそれらのどれもが、何かとても懐かしい宝物のように感じられる。
 時折床の下の方から振動するコムプレッサーの音も静まると、いよいよ出発だ。左に大きくカーヴして次第にスピードを上げて行く電車。新田を過ぎると築堤を一気に駆け登り、奥羽本線をオーバークロスしてしまう。
 あたり一面緑の海。開け放った窓からは容赦なく吹き込む風が、忘れていた土の匂いを私に思い出させてくれた。